Temo che combatterò la primavera in blu.

ほとんど昔の、嘘と本当の交じった日記

いつまでエウ・ゼーンでいられる?

 朝の田園都市線は急行の本数を減らして運行している。逃してしまうと、結構長いこと電車に揺られなければいけなくなる。だから本当はまだ微睡んでいるほうが楽だけど、己に鞭をいれて浴室へと向かう。この時期は服を脱ぐことさえ億劫になる。昨日は雪も降っていたから、今朝の冷え込みは一段ときびしい。ただ、去年買ったコーヒーメーカー、あれは最高だ。湯気に乗るコーヒー豆の香り。間を置いて、噴出音、そしてフォームミルク。寒ければ寒いほど最高になる。

 支度をして家を出る前に、部屋のカーテンを開けて窓際のガジュマルに葉水を遣る。この時期は乾燥気味にさせないといけないので土の表面が湿り気を帯びているのを確認して「まだ平気か」とひとり呟いた。まだ陽は射し込んでこないけど、僕がいない間に喜んでくれるといい。

 いつもと同じ乗車口から電車に駆け込む。まだ座席にも少し空きがある。僕は適当な空間を選んで吊革を掴む。あたりを小さく見回すと虚ろな目をした若いスーツの男や険しい顔をした初老の男の姿がある。きっとみんなもまだ微睡んでいたかったんだよね。社会人の人は気持ちを作るのも大変だろうな…僕は学生の身分、まだ電車で死んだ目はしてる場合じゃないと決めて頑張った。

 いつもの席にはやっぱりあのふたりがいた。若い男女のつがい。男は長髪に丸眼鏡をかけているけど、結構いかつい顔付きをしていてすこし怖い。隣の小柄な女の子はいつもマフラーで顔を半分隠しながら寝ている。ふたりともカーキ色のモッズコートを着ているからお揃いみたいで少し可笑しい、そして可愛らしい。ふたりは必ず手を繋いでいる。会話はほとんどない。二人がどこの駅から乗ってくるのかは知らない。だけど僕はこのふたりの生活を想像する。ふたりの雰囲気は心地いい。僕は彼らのことが好きだ。

 中央林間駅に着くや否や、ほぼ満員になった電車から一斉に人々が溢れ出す。「中央林間ダッシュ」は有名だ。ここで降りる人は殆どが田園都市線の急行への乗換だから、我先にと誰もが駆け出す。たぶん、数少ない座席を奪うため。田園都市線はラッシュ時には国内有数の混雑率を誇るんだって。人を掻き分けながら走る人たちにも、彼らなりの事情があるとはいえ正直少し苦手だ。無意識に歩幅を緩めてしまう。

 結局、急行には乗らなかった。乗ろうと思えば乗れたけど。時間がかかってもいいから、ゆっくり行きたい気分になったのだ。鈍行で渋谷まで向かおう。まもなくやってきた列車は先程の急行とはうってかわって空席が目立つまま発車のアナウンスが流れた。列車が地上に抜けたところで、突然の強い光が僕の目を眩ませた。気が付くとそこは一面の銀世界だった。思わず、息を飲む。先日の雪が田園風景の中ではまだ殆ど溶けずに残っていたようだ。雪景色に朝が降り注いで乱反射していた。全てが白い。満員の急行に乗っていたらこの景色を見る余裕はなかったかもしれないなと思った。

 

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大学生の頃の話。