Temo che combatterò la primavera in blu.

ほとんど昔の、嘘と本当の交じった日記

ひとかけらの僕を、永久に失うための予約

 施術を受けることが好きである。整体やマッサージはもちろんのこと、美容院でのカット・シャンプーなどが人一倍好きだと自負している。誰かに己の身体をそっくり委ねることが心地良いのだと思う。

 幼い頃は両親に耳かきを毎日の様にお願いしていた。梵天側を耳穴にいれて、木部を軽く爪で弾いてもらうと、密閉された耳の奥にカタカタと乾いた音が響いて心地が良いのだ。夜寝る前になると、耳かきを持ってソファに腰掛ける両親のもとへ行き、膝に頭をのせるのがお決まりのルーティン。父と母では膝枕の高さや硬さ、耳かきの強さ加減や手順もまったく違っていて、そのどちらもが大好きだった。その日の気分で父と母どちらにに頼むかを決めて、違いを堪能する子供だった。鼓膜に触れることを想像するとものすごく怖いけれど、両親は僕に絶対そんなことをしないと分かっているからこそ、身を委ねることがとても心地よかったのだ。「また?」と呆れながらも両親は僕を優しく受け入れてくれた。甘えていた。きっと子供ながらに愛されていることを実感したかったのだ。

 ここ数年は歯医者に口内をくまなく精査されるのも案外悪くないと思い始めた。ステンレスの器具がかちゃかちゃと口腔に反響する音。回転するブラシで塗られるフッ素の味、ズボボッと頬の内側を吸われる感覚。無機質なゴム手袋の指、カリカリと歯から顎骨に伝わる振動。定期検診はどうにも面倒くさくていつも途中で行きそびれてしまうけれど、たまに訪れるとスッキリしていいものだ。

 そういや僕はASMRの動画も大好きだ。あれも身を委ねる体験といって良いだろう。僕はわりかしASMRにはうるさい。高校に上がる頃から立体音響やバイノーラルの名前で投稿された動画を漁っていた。大学生の頃、少しの間パニック症状を患った時期があって、その時は心を落ち着ける為の音声を毎日聴きながら眠りについたものだ。腹式による特別な呼吸を学んだり、枕を使わずに寝る方法を試してみたり、症状を和らげるための試行錯誤で真っ当には眠れない日々が続いていた。その頃心を落ち着けるための音声をたくさん投稿されていたBlueKatieさんには感謝してもしきれない。

 僕はASMRへの愛を感じない可愛いだけの女の子の動画を許さない。安易な性的コンテンツに走る投稿者を許さない。プロデューサーの安直な思惑を許さない。児島のASMR動画のサムネを許さない。(ただ、一年程前に知ったももたASMRさんという方にはド肝を抜かれた。まず非の打ち所の無い美少女なのだが、それをさておいても音や声の出し方の上手さ、トーク、動画尺などからして「この人は明らかにASMRを深く愛している故に、自らも動画投稿を始めることにしたのだろう」と思わせられたのだ。すぐに国内ASMR業界のトップ・ランカーへ躍り出るだろう。もし裏にPが居るとしても天晴れな仕事だと納得する。)

 …関係ない話をし過ぎた。重要なのは何故こんなマゾヒスティックじみた話をするに至ったのか、その経緯である。

 最近、僕の口内の右上に親知らずが小さな頭を出した。歯茎を舌でなぞれば、なるほど何やらゴツリとした固形物が確かに裏に控えておりますね。数年前に撮ったレントゲンでは立派な親知らずが奥の歯茎のなかでふてぶてしく横たわっていた。奴がとうとう動き出そうとしている事実に僕は恐怖している。先ほど歯医者も悪くないなどと述べたが、それは僕に虫歯がなくて今までに一度も歯医者に痛い事をされた経験がなかったからである。確実な神経的苦痛をともなうと知っている施術は当然嫌に決まっている。

 ああ、封印されし魔王!25年間ベンチを温めた幻のシックスメン。今にも明転飛び出ししようとするマシンガンズ。待合室、金玉パンパンの魔法使い。

「俺、やれます。やらせてください」か?

はちきれんばかりのやる気で大地から隆起していく。左右から顎をギリギリ締め付けゆく万力。対抗する術はただひとつ、文字通り「肉を切らせて骨を断つ」こと。僕の歯茎ごと奴をえぐりとるしかない。

 僕はいずれ、口の中をきわめて血まみれにされるための歯医者へ向かうことになる。蹂躙されるための予約をとって、身体の一部を永久に失うための予定を未来のカレンダーに記入する。

 とにかく、僕は施術されるのが好きだ。施術されるのが好きだ!好きでなければ、やってられない!ああ、おそろしい!施術されるのが好きということにしなければ、正気ではいられないほどに!